1.整形外科靴マイスターとは?
ドイツのマイスター制度は、中世のギルド制度にその起源があるといわれる手工業の職人教育システムである。現在では自動車のメカニック、電気技師などの技術系の職種から、大工、家具職人、靴職人、パン職人、コック、ビール醸造職人、左官、写真家、楽器の調律・修繕、教会の壁画の修繕といった芸術的職種まで、その手工業種の種類は多岐にわたる。マイスターとはそれら各職種の職人で、その職種をある一定期間修行したスペシャリストであり、さらにマイスター養成校でその理論的知識および経営技術を修得した会社経営が可能な職人的経営者(親方)である。マイスターの資格を取得しなければ独立して自分の店を持つことはできない。その修行期間は平均7〜8年である。したがいドイツでは、日本のように昨日銀行マンで今日から靴職人と簡単に職業を変更するというわけには行かない。
それでは整形外科靴マイスター(Orthopaedieschuhmachermeister 以下 OSM)とはどのような職種のマイスターなのであろうか。整形外科靴マイスターの仕事と普通の靴マイスター(Schuhmachermeister)の仕事と大きく違うところは、その製作した靴が健康保険による支給が可能であるということである。つまり、同じように靴を作るマイスターであっても、その職種の領域は義肢装具士マイスター(Orthopaediemechanikameister)と同様に医療生産物を製作する医療職であることである。ゆえに靴マイスターと整形外科靴マイスターは、完全に異なる種類の靴を生産する異なる職業である。

1-1.整形外科靴マイスターの仕事
現在、ドイツでも高齢化による糖尿病による足部の切断やリューマチ患者、麻痺患者などの増加により更に高度な整形外科的技術が求められていることに加え、コンピュータによる足底圧の計測およびCAD-CAMなどのハイテク化により、後述するインナーシューなど、OSMの仕事は整形外科靴だけでなく義肢装具士の仕事と重なる部分が増大している。そのためOSMは、整形外科靴製作技術者(Orthopaedie-Schuhtechiniker OST)とその名称を代えつつある。
1-1-1.整形外科靴の製作・修理:
勿論これが本業であるが本場ドイツでも整形外科靴を製作するような重症な顧客は全体の約20%で(勿論このデータはあくまで平均)、その他は足底板や既製靴の整形外科的調整で対応可能。多くのマイスターは顧客のコンサルティング、採寸・採型〜木型の製作、アッパーの製図、靴の納品とチエックを行う。その他アッパーの製作や釣り込み、底着けなどは職人(ゲゼレ)や見習(リエレンゲ)が行う。OSMは、フットベットや釣り込み、仕上がった靴をチエックし、その品質をコントロールしたり、釣り込みや、底着けを見習いに任せることで、彼らの教育を行う。これらはマイスターの非常に重要な仕事である。なぜならば、良い見習を育てて、技術の伝達をしていかなければ製品のクオリティーが悪化するばかりか将来、自分達の仕事を失いかねない。
整形外科靴は一般的には、極度の開帳足、外反母趾、強剛母趾、外反偏平足、内反足、ハンマートウ、クロウトウ、関節拘縮、高度な脚長差、剄性麻痺、弛緩性麻痺、足部切断、糖尿病、リューマチ、などの厳しい症例に適用する。
@
A
@:開帳足(糖尿病患者) A:強剛母趾、クロウトウ、ハンマートウ、
足関節拘縮、左約2cmの脚長差
B
C
B:剄性麻痺に軽度の踵骨内反、凹足 C:強剛母趾、クロウトウ、カルザウギー、
足関節拘縮
整形外科靴というと下の写真のような靴が一般的なイメージである。これは大腿骨骨折による左脚長差13cmの補高を施した整形外科靴とその木型である。そのほかにも治療靴(骨折の術後、糖尿病などによる潰瘍や足部切断の治療・リハビリ用で免苛靴、軽度の脳卒中片麻痺用のリハビリ用)やプール靴(糖尿病患者や、高度な脚長差のある患者が、泳ぐためでなく砂浜やプールサイドで使用し、砂やガラスから足を守る一種の保護靴であり、高度な脚長差のある患者の安全な歩行のため)も製作する。
D
E
D,E:左脚長差13cm、木型と靴
ちなみにバイエルン州では、整形外科靴:2年に1足、整形外科的スポーツシューズ:4年に1足、安全靴:2年に2足、糖尿病の潰瘍治療靴:1足、プール靴:4年に1足を健康保険で支給可能。その価格は約1000ユーロ(約13万円)から。
帰宅したら靴を脱ぐ畳の生活の日本ならではの問題もある。それは神経障害や抹消循環障害などの高いリスクを持つ糖尿病患者が、ある程度クッシヨン性があるとはいえ、少なくともアインラーゲンより硬い畳の上(フローリングの場合は硬すぎ、絨毯の場合はダニやホコリといったハウスダストや感染の問題が考えられる)に素足、靴下またはスリッパで立つ事の危険性を考える必要がある。靴下やスリッパに体重を支持してなおかつ、その足底にかかる圧力を均等に分散する機能があるであろうか?あるわけが無い。このまま更に高度な高齢化社会が進行すると日本は世界でも有数の糖尿病による足部切断が多発する国になる可能性を秘めている。それゆえ、われわれ義肢装具士は畳の生活に対応した糖尿病患者用の室内靴(抗アレルギー、抗バクテリアの素材を使用した感染をひき起こしにくい靴で、理想的には洗濯可能)を製作する義務がある。靴を履いて外を歩くことは大丈夫でも、屋内での生活で足を痛めてしまってはシャレにならない。これは進行性の慢性関節リューマチやバージャー病の感染の予防、疼痛の軽減にも同様のことが言える。
1-1-2.普通(健常者向け)のオーダーメイドシューズの製作・修理:
健常者のオーダーメイドシューズが製作できなければ整形外科靴はもちろん製作不可能である。したがい見習期間中は、まず普通の靴の基本的な制作方法を叩き込まれる。整形外科靴を木型から製作させることは通常有り得ない。なぜならば、普通の靴製作が基礎だからである。ただしいくら健常者用とはいえ、フットベットを製作しないということは考えられない。
1-1-3.オーダーメイドの足底板(マスアインラーゲン)の製作・修理:
開帳足、外反偏平足、軽度の内反変形などの足部の変形用、外反母趾、強剛母趾などの足指の変形用、踵骨棘用、小児の外反偏平足矯正用から健常者のスポーツアインラーゲンまでその範囲は広い。
高齢化社会に突入したドイツ(に限らず先進国、最近では食生活の欧米化により日本でも)では急増する糖尿病・リュウマチ患者に対する足底板の需要が高まっている。このようなハイリスクな患者に対応するためにマイスター取得後コンピュータによる足底圧の計測と足底板の調整方法といったさらに高度なセミナーを受講するなど、製品のクオリティーの向上が急務。例え足底板が完璧に足部にフィットしていても、靴に挿入して靴を履くことが出来なければ、それは全く製品として意味を成さない。そのため靴の中に足底板と足を入れるということを理解しなくてはならない。
1-1-4.シリコン指装具の製作:
ハンマートウや外反母趾の変形の進行予防や痛みの軽減のために指の間に挟んで使用する。オーダーメイドのシリコン装具でシリコンには数種類の柔らかさがある。基本的には靴の中で装着するもので夜間用の矯正装具ではない。外反母趾の場合、開帳足の足で、爪先の細い見た目の良い靴を履きつずけることにより発症することが多い。そのためシリコン指装具を装着しても履ける靴を選ぶ必要がある。また、事故や疾病により失った足指の代用を指の間に挟むことで、トウボックスの圧迫による前足部の変形を防止する。理想的にはこれ以上の足部の変形を防止するために足底板と併用することが望ましい。
@
A
B
@〜B:外反母趾の変形予防と母趾と第2指の内側に生じたウオノメの除圧
1-1-5.インナーシューの製作・修理:
足部の専門家OSMと義肢装具士はその仕事の領域が重なる部分がある。それは日本的に言えば下肢装具的・足根義足的な靴の中に履く靴である。例えば尖足位の脚長差、脳卒中片麻痺などの弛緩性麻痺、剄性麻痺、足部の切断、足根部の関節拘縮、足部の問題(潰瘍や骨折など)の免苛などの目的で製作される。靴が長い歴史を持つヨーロッパでは一般的手法であるが、家の中では靴を脱いでしまう日本では、なじまないとされている。なぜならば靴を履くことを前提にして製作するためで靴を脱ぐと家の中では使えない可能性が高いためである(ヒールの高さからソールの厚みを引いた差高の問題。であるならば差高の高さを設定しないベタで製作する足関節なしのシューホンブレースを装着し、その上から例えば1.5cmの差高の靴を履く場合はどうか?極論かもしれないが最初から差高を設定しない装具では結局リハビリシューズしか選べないのでは?従いTPOに対応できないため患者の不満も大きい)。義足であれば差高調節足部があり畳の生活にも対応できるが、インナーシューでは不可能であるという意見が義肢装具士の間では支配的である。それだけではなく厚生労働省価格表にインナーシューという項目がなく、下肢装具の見積もりで計算すると採算が取れない可能性が高いからである。しかし,だからといって靴を履けない(履きにくい)装具を作り続けてもよいのであろうか?日本は畳の上の生活で、温帯湿潤気候で夏は暑く、湿気が高いため靴そのものが日本には馴染まなく、靴を履く文化が育っていないと言い訳をして済む問題ではない。それは、今や家を一歩出たら靴を履かない日本人は居ない。なぜならば都市化が進行して、ほとんどの道路は舗装され、その硬い地面からひ弱な足を守る必要があることを体験的に学習しているからである。その意味において、好むと好まざるとにかかわらず、日本はすでに靴が無ければ生活できない社会になっている。それゆえ、いままで靴を軽視してきた我々義肢装具士はもっと靴を理解しなくてはならない。そうすれば靴・装具(インナーシュー)・足は三位一体であることが理解できる。
@
A
@:(左)脳卒中片麻痺用、(中)足関節拘縮用、 A:足根切断用
(右)内反尖足用
B
C
B:足指切断用 C:ポリオ用
1-1-6.既製靴の整形外科的調整:
ヒルロール、ロッカーバー、トーマスヒール、蝶型踏み返し、脚長差の調整、アッパーによる局所的な圧迫の除去など。ドイツでも極度の変形や、麻痺、切断といった重篤な症例以外は、既製の健康靴にオーダーメイドの足底板に、既製靴の整形外科的調整を組み合わせで対応している。
1-1-7.既製靴・革製品の修理:
靴マイスターの仕事でもあるが、整形外科靴製作が可能なOSMも同様に一般の顧客の靴や革製品の修理を行っている。見習にとってはトレーニングに最適で、既製靴の修理が出来なければ、既製靴の整形外科的調整は不可能である。
1-1-8.圧力ストッキング(静脈循障害の治療用ストッキング)、距腿関節など関節サポーターの計測・販売:
下肢の静脈血の循環には下肢の筋によるポンプ作用と静脈血の逆流を防ぐ静脈弁が非常に重要な働きをしているが、加齢とともにそれらの作用が衰えてくる。そこで圧力ストッキングにより加圧することで、下腿部に浮腫やむくみの原因となる澱んで余分な静脈血の筋による心臓への押し出しを補助する。外科的手術までは必要の無い静脈瘤の治療や、その術後に効果的な医療生産物。もう一方のサポーターは例えばスポーツなどによる距腿関節の周辺の靭帯損傷を防止するようなもの。
1-1-9.医療的フットケア(フスフレーゲ):
例えば巻き爪のカット、角質、魚の目の処置などを行う。ドイツでは多くの整形外科靴専門店が医療的フットケア(フスフレーゲ)の専門家であるフスフレーガー(Fusspflaeger)を雇用しており、例えば靴の納品時などに、より高い靴のフィットを目指している。納品時や採型時に例えば巻き爪などの治療しておけばトウボックスなどによる指や爪に加わる圧迫を除去でき、靴によるトラブルを未然に防ぐことが可能である。そのため人口の約10%が糖尿病患者といわれるドイツでは、医療的フットケアが重要視されている。その理由は神経障害による痛覚の鈍磨と、動脈の閉塞疾患、骨や軟部組織の萎縮から靴が原因で潰瘍や足指の切断などを引き起こすケースが多いためである。糖尿病患者の場合日常のケアこそが重要である。爪の変形や、肥厚した角質の下に重篤な感染巣が生じているケースが多く、医師とのコンビネーションでその早期発見・早期治療により不幸な切断を防止できる可能性が高いためである。その反面、フスフレーゲの失敗によりさらに症状の重篤化をひき起こすケースもあり、スペシャリストによる細心の注意を伴う治療が必要である。
@
A
@,A:巻き爪と爪水虫 糖尿病患者、Aは治療後
B
C
B,C:魚の目の治療、角質の除去、リューターで削るか、メスで切除
D
E
D,E:巻き爪の矯正、シュパンゲテクニーク
この医療的フットケアの写真は全てミュンヒエンのOSM養成校でのフスフレーゲ実習で撮影した。整形外科靴職人の私はOSM養成校でその試験に合格しているが、個人としては国家資格として医療的フットケアの確立していない日本では踏み込む領域ではないと考える。糖尿病や巻き爪などの問題のある患者を除き、爪を切るぐらいならネイルケアサロンでも可能であろう(医療行為とエステティックとの境界線は微妙)。しかし、糖尿病に限らず、この写真のようにリューターやメスを使用することで患者を傷つけてしまう可能性のある行為であり、しかも皮膚科医の領域に踏み込んでしまいかねない。この医療的フットケアを医療施設(感染の防止や、殺菌などクリアすべきハードルは非常に高い)ではない一部の健康靴販売店で行っているとよく耳にするし、実際に彼らのホームページでも見かける。これは日本では医療行為にあたるのではないだろうか?もしそうであるなら、いかなる根拠で医療的フットケアを一部の健康靴販売店で行うようになったのであろうか。また医療行為にあたらないのであればその医学的・法的根拠を示す必要がある。
靴坊
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